両乳房を全摘手術
Tさんは五十四歳の女性。一九八九年に左乳ガンのため国立がんセンターで全摘手術を受けました。ところが、五年後の一九九四年には右乳ガンがみつかり、やはり全摘手術を受けました。医師には「これは転移ではなく別に発生したもの」といわれたそうです。いずれも所属リンパ節への転移はなく、術後の放射線および化学療法もしませんでした。
当クリニック治療患者の紹介で、一九九五年一月十九日に受診しました。初診時の診察の結果では、気血の不足がはなはだしく、また両者の流れの滞りもあきらかでした。そこで気血を補う生薬を約四割と、治療当初としては多めに用い、それに気血の流れの滞りをのぞく薬を六割組みあわせました。以後は診断に基づき徐々に本治療をふやしていき、現在は本治療が六割です。
また全虫炭末(斑みょう炭、全蝎炭、蜈蚣炭、露蜂房炭、しゃ虫炭、センソ末)を三〜四グラム散薬として服用し、駆瘤膏UとW を交互に一日数回ずつ経穴に塗布しています。乳ガンには両足にある内庭という胃経のツボ(各ツボは下図参照)を用いますが、塗る場所はガンになった乳房と反対側の足にある内庭になります。この患者の場合は両側乳ガンなので両側の内庭に塗ることになり、さらにリンパ節転移防止のために両中渚、静脈系転移防止のために両内関に塗布します。
乳房には肝と胃の経路が通るため、乳ガンは消化器<胃>や自律神経<肝>との関係が深い疾病と考えられています。とくに肝との関係は重要であり、基本的に気晴らしの下手な人がかかりやすい病気といえます。Tさんの場合もささいなことにこだわることが多く、ストレスによる気鬱をうまく晴らすことが下手なようです。
再発を防ぐためにも、生活態度における開き直り的な発想の転換が必要といえます。処方薬の中に気血の流れを回復するものをつねに組み込むようにしてありますが、自分自身の心身の養生に勝る治療法はないのです。
従来の生活を改め、人生の再出発を
この症例は両側の乳ガンという形の複合ガンでしたが、これまで述べてきたようにガンを生む基本病理は気・血・津液の量的な不足とともに、流れの滞りです。したがってこの病理状態を取りのぞくことが治療の原則といえます。しかし薬はそれがどんなにすばらしいものであっても、あくまでも治療の過程での一方便にすぎないことを認識すべきです。
つまりガンになってしまったなら、従来の生活習慣をはじめ心身のあり方を百八十度転換するような気持ちがなければ、必ず再発やこの症例のような多重ガンを生む可能性は高いのです。少なくとも初回治療がおわり退院するまでに、従来の生活のどこが悪かったのかを認識して、悪かった点を改め、あらたな人生に出発すべきです。とくに乳ガンのようにストレスの発散が下手な人がかかりやすい疾病の場合は、この考えは重要です。このことを忘れずに、明るい人生に再出発してもらいたいものです。
近年乳房温存手術を実施する医者がふえてきており、女性の乳房への愛着の情を考えてもおおいに歓迎すべきことです。局所の根治手術にこだわって乳房下の大胸筋を含めて乳房を切除した場合、手術後の形態上の欠陥がはなはだしく、心理面に及ぼす影響はかなりのものでしょう。乳ガンは頭頸部ガンとともに、なるべく腫瘍部分のみを取りのぞき減量する手術で十分、という発想が外科医に生まれ普及することが望ましいと思います。
当クリニックの乳ガンの症例は比較的多いのですが、初診時に転移を認めなかった症例は、一例をのぞき再発転移もなく順調な経過をとっています。
また、乳ガンは血おが重要な発ガン因子とみなされているガンの一種です。青みの魚やネギ類の食品が血液の汚れをとる力が強いといわれており、ぜひ多食してもらいたいと思います。血は気のエネルギーにより循環していると考えられていますので、根本の気の流れにも注意を払い、冷飲多飲をつつしみ、気晴らしを上手にすることを心がけてほしいものです。
飲食とストレスが大きな関わりを持つガンの代表は乳ガンである。乳房は胃経、乳頭は肝経が通ることから、他のガン以上に直接関わる。例示する。
従来、広島の十河孝博先生のご意見をもとに、ガンを痰飲型とお血型に分類し、
乳ガンは?血型に属すると考えてきた。しかし多くの症例を見る内に必ずしもお血が関与しない乳ガンも多いことが解り、近年は基本通り弁証に従って治療することにしている。
ちなみに温存外科手術が普及しているのは、縮小手術を良しとする立場から好ましい。ただその術後に放射線治療や化学療法が行われる傾向は好ましくない。
ホルモン療法の併用は副作用が強くない場合はもっとも好ましい。
T.T. 66歳 F 初診2004-8-18 ID No.04-0911 155cm
47Kg
西医診断:右乳ガン、骨及び肺への多発転移(stage W)
既往歴:33歳 急性腎炎(現在異常なし)
現病歴:夫の母の看病歴有り。その後1986年12月に右乳ガンにより乳房全摘術、腋下リンパ節の転移無し。2002年に実母(直腸ガン)の看病で病院へ泊まり込み。
2003年1月、眩暈で精査し頭蓋骨への骨転移と肺左右への多発転移が判明。骨シンチで他の部位への転移は無し。ホルモン治療(Alimidex)するも、腰痛、頚部痛、胸痛のため、12月に骨シンチを行い、多発骨転移が判明。2004年1月より5月まで化療6クール施行、骨強化剤も併用。7月より新ホルモン療法(タスオミンD)開始.。8月当院初診。
主訴:骨転移部のあちこちが痛く心配。
現症:2004年1月から4Kg体重減少した。飲酒喫煙癧無し。緑茶と麦茶を飲む。大便は1日2回、残便感あり。夜間尿3回、1回尿量は昼と同じで薄い。自分の病気のことと、息子の結婚が心配の種。下肢冷。よくため息をつく。下肢浮腫と転筋有り。50歳で閉経。
【ここまでで考えること】
初回の乳ガン発生の前、再発転移の前のいずれも親の介護というストレスフルな時期があったことは注目すべき。初発から16年後に起きた急激な増悪には、ストレスと共に、習慣的な冷性品の喫茶習慣(緑茶・ウーロン茶と麦茶は共に温服しても肺胃を冷やす)が影響しているはずである。夜間尿が量・回数共に多いことは腎陽の不足が示唆される。ため息は気滞を、下肢浮腫と転筋は三焦不利による水液代謝の失調を考える。現症(続):(初診時)
脈診 寸脈 関脈 尺脈
右 長、洪細 滑有力 滑有力、長
左 長、洪 按微 洪大 按微 滑、長
舌診 舌質正 舌苔白薄膩 舌裏の静脈の怒張有り
腹診 心下痞 臍上下の圧痛有り 縦隔への圧痛+(吸気辛い)
指甲診(半月)右5本、左4本(いずれも淡大)
弁証:膈不通、陽気浮越、気滞造瘤、陰陽両虚
治法:理気潜陽、解毒砕瘤
処方:(1)牡蠣15g、天花粉6g、桂皮3g、修治附子3g、炒蒂?子9g、半夏6g、乾生姜3g、 枳殻3g、蒼・白朮(各)6g、乳C方一式、炒麦芽9g、炒甘草6g3x10T
(2)メシマコブ末 3g(分二)
(3)駆瘤膏UB、W、免疫膏(各)1個
*乳C方一式:白花蛇舌草30g、天葵子15g、馬藺子9g、紫荊皮4.5g、紫花地丁30g、
服薬可ということなので、以後、約1.5倍に増量し処方(乳C方一式は同量)。
第三診以降は本治主体に乳C方一式加味。
10月5日に骨シンチと胸部X線:肺腫瘤は縮小傾向、骨は新たに肋骨に陰影出現。
11月13日(第七診)感冒は快癒、那須で保養してきた。夜間尿二回。
脈診 寸脈 関脈 尺脈
右 滑 滑弦 沈滑、長
左 緊 緊 滑、長
舌診 舌質やや淡 舌苔白 舌裏の静脈の怒張無し
治法:補陽滋陰、解毒砕瘤、解宿食
処方:(1)人参9g、葛根15g、生地黄15g、牡蠣20g、玄参15g、連翹12g、夏枯草15g、
砕塊方一式、炒山梔子9g、淡豆お15g、乳C方一式、修治附子4.5g、烏頭1g、炙甘草4.5g
2X14T
(2)メシマコブ末 3g(分二) 2X14T
(3)全虫炭1.5g、裴虫炭0.5g、桂皮末0.5g 2X14T
*全虫炭:露蜂房炭1.5g、蜈蚣炭1g、全蝎炭1g、斑お炭0.05gの比で混合。
5月20日(第二十診)右小腹痛減少、4月12日の骨シンチと胸部X線で増大傾向無し。
脈診 寸脈 関脈 尺脈
右 滑 滑有力 沈滑、長
左 滑有力 按細 滑やや弦 滑、長
舌診 舌質やや淡暗 舌苔白 舌裏の静脈の怒張有り
治法:補気滋陰、解毒砕瘤、解宿食
処方:(1)人参9g、葛根15g、黄耆15g、茯苓15g、枳殻6g、蒼・白朮(各)9g、
乳C方一式、生地黄15g、呉茱萸6g、失笑散一包、霊芝9g、鶏内金6g、焦三仙20g、
炙甘草6g 2X14T
(2)全虫炭1.5g、裴虫炭0.5g、桂皮末0.5g 2X14T
*失笑散一包:蒲黄7.5g、五霊脂7.5g。止血目的には炒める。
*焦三仙:炒神麹、炒麦芽、炒山?肉を等量混合。
【処方解説】
「乳C方」は湖南の名医劉炳凡老師の医案集を参考にして処方を作った。白花蛇舌草は清熱解毒薬でガン治療の基本生薬。天葵子以下の生薬の国内流通はないが、個人輸入している。従来乳ガンには理気活血を主として治療を行ってきたが、その頃より乳C方の組み合わせを用いるようになってからの方が格段に治療成績が向上している。
天葵子は天葵Semiaquilegia Adoxoidisの塊根。味甘く微苦、肝・脾・膀胱に帰す。清熱解毒、消腫散結、利水通淋を主作用とする。
馬藺子は馬藺Iris lactea Pall. var. chinensis Koidz.の種子。味甘く、肝・脾胃・肺に帰す。清熱利湿、解毒殺虫、止血定痛を主作用とする。
紫荊皮は紫荊Cercis chinensis Bungeの樹皮。味は苦で、肝経に帰す。疏肝通絡、解毒通淋する。
肝経や脾胃経に関わるガンは多いので、これらの生薬の応用疾患は多いであろう。さてガン患者は基本的にストレスが多く、本治に移ってからでも腹脹による食欲減退などに留意し、脈診で肝鬱が示唆される場合は腹診で確認するなど、早期に対応することが必要である。ちなみに自覚症状よりも脈診などの方が早く所見をとらえることがあり、「・・・といった症状はありませんか?」など、四診で考えられることは丁寧にチェックするべきである。次の診察の時に、「前回先生に聞かれた症状が、ここ二週間の間に起こってきました」という反応も良くある。
経穴に繰り返し(1日3種類以上の軟膏を5-10回)軟膏を塗って貰う治療は、薬効と共に患者に積極的に治療に参加してもらい闘病心を高める効果が期待できる。
動物系生薬の薬能を残して炭化したものは、煎じ薬中に混合することによる味のまずさを回避し、散薬として服用することで吸収効率を上げる効果がある。
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