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Sさんは49歳の女性です。手足の冷えがあるにもかかわらず、毎日冷水を5ー6杯飲む習慣があったそうです。自覚症状はなかったのですが、1994年12月に人間ドックに入り、胃透視を行い噴門近くに腫瘍が見つかり、国立ガンセンターを紹介され、精査の結果胃ガンと解り、1995年1月23日に手術予定となりました。手術予定で入院中のところ、たまたま同室の患者が当院の漢方薬を服用していることを知り、希望して手術前の1995年1月14日当院を受診しました。
この患者のように手術前に診察する機会があり、診断を行い治療を始められることは、我々の立場からしても非常に有り難いことで、手術時の出血の減少や術後に皮膚の傷や内出血など血液の汚れ(お血)が残ることを防止したりというメリットが沢山あります。癌を宣告され手術までに時間があるような場合は、是非手術前に来院されることを希望します。
習慣的な冷飲により消化器(「脾胃」)と呼吸器(「肺」)の働きが衰えていたことと、これらの水分の代謝に関与する臓器の働きが低下したため、処理できず体内に滞ってしまった湿邪により、気の流れが阻害されており、ガン形成の大きな要因であったと考えられます。
四診では予測したように、冷飲食などによる肺や脾胃の機能低下のために、気・血・津液が十分に作られず不足状態にありました。滞っている状態が持続すればそこの熱が生まれるという基本的な中国医学の考えがありますので、病的な水分の溜まりが長年に渡り存在したために熱の要素を合わせ持つようになった状態(湿熱)も明らかでした。また血の滞り(お血)の所見も見られました。 0
当初は湿熱やお血を除き気・血・津液の流れを正常に戻すために、標治法を主とする用薬(標治:本治=8:2)を行いました。煎じ薬(総量167g)と、手術時の止血効果の向上と新たなお血を少しでも減らすことを目的に田三七末の内服も併用しました。
1月24日に胃3/4切除。術後経口摂取が可能になってから漢方薬の服薬を再開しました。当初の煎じ薬は残った胃など上部消化器への負担を軽くするような配慮と、手術の影響により減少したこれらの臓器の気・血・津液を増やす配慮も必要としました。これらの補う薬と消化を良くする薬(つまり殆ど本治薬)を主とし、抗ガン目的に上部消化器のガンに優れた効果を持つ天竜を5g加えました。この頃は未だ動物炭薬を粉末で服用する手法が完成しておらず、煎じ薬に混ぜる方法を行っていました。
初めは胃切除に伴う突発性の下痢症状を訴えることもありましたが、3月中旬には下痢をしなくなり、むしろ便秘がちになりました。体重も手術前57Kg、退院時49Kgだったのが、この頃には54Kgに回復し仕事も毎日するようになっておりました。
以後自覚症状の変化と脈診、舌診、腹診などの所見を参考にしながら、徐々に標治薬を減らし本治薬を増量する方法で順調に経過していましたが、1996年8月中旬に来院したとき、ここ1週間ほど寝つきが悪く熟睡できないと訴えました。この時の診察で前回まで軟らかくなっていた腹が再び初診時のように硬く張っており、ストレスによる気詰まりのため気の流れが悪くなっていることが解りました。初診時のような気の流れをよくする処方に一時的に転換し、2週間後の来院時には順調に回復していました。
このようにガン患者は基本的に気晴らしが下手な人が多く、ちょっとしたことがきっかけで気の流れを悪化させることがよくあります。そのためにも腹診は重要な診察法といえます。自覚的には食事に伴う腹部の張り、背中の凝り、寝つきや目覚めが急に悪くなる、季肋部などの張った感じが強まるなどといった変化が、気の流れの異常をチェックするのに役立ちます。
以後は本治薬主体で適宜標治薬を用いることで、現在まで順調に経過しています。現在は本治法の生薬を中心とした煎じ薬(総量113g)と天竜炭3g、駆瘤膏IV の塗布を右足三里(噴門寄りの胃ガンのツボ:下図参照)と両中渚と内関に行っています。
胃は食物がまず溜まる場所なので、食品の影響を直接受けやすいといえます。発癌作用がある食品添加物などの問題以外にも、中国医学的に見れば全ての食品は冷やすか温めるかの役割が決まっていますから、胃の働きを落とす冷やす性質を持った食品には注意が必要です。まして物理的に冷蔵庫で冷やされた食品を習慣的に摂取すれば、当然の事ながら胃へのダメージは大きく、機能の低下を起こすことは必然です。
また胃は肝の影響を受けやすい為、ストレスの発散には留意する必要があります。一般にストレスにより肝に内熱が生じると、その熱が胃を焼き、その結果胃が熱を持った状態になるため、口渇が強まり食欲が昂進します。そのため過食、飲み過ぎになりやすく、それだけ胃に負担がかかることになりますので、ここでもストレスの発散が重要なのです。
ただ食道と違い胃の場合は食物が一定の時間停滞する場所なので、症状が食道に比べ早くから現れやすく、早期発見しやすいという利点があります。集団検診も早期発見に有用であり、ガン年齢になれば定期検診を受けておくべきでしょう。早期発見、早期治療に勝る治療法はありません。
総論でも述べましたが、手術後などに消化器ガンに対し、5ーFU系統の経口抗ガン剤を投与する医者が未だいますが、欧米では効果がないばかりか様々な副作用があるとして使用中止になっている薬であり、もし内服している人は即刻中止した方がよいと思います。
次に非常に興味深い症例を示したいと思います。患者は74歳男性です。胃の入り口の噴門といわれる場所にガンが出来、胃カメラの結果では狭窄がひどく、食事などが通過できる部分は径1cmくらいであり、1〜2ヶ月程度で食事が出来なくなるでしょう。周辺のリンパ節も数多く腫れており、体力的にも手術は勧められないと云われたそうで、紹介されて当院を受診しました。
診察の結果は舌苔が厚く着いており、脉も有力でありながら重按すると細くなってしまい、腹診でも上腹部が堅く、気と津液の滞りが多い所見でした。煎じ薬と動物炭薬、軟膏を使いました。以後二週間ごとに処方して経過観察を行いましたが、食事も問題なく食べられるようになり、一年後には胃カメラでガンが小さくなっていることが確認されました。現在は初診から三年経過しており、薬も一日分を3日で飲む程度ですがますます元気に暮らしております。
この患者の治療から多くのことを学びました。まず必ずしも手術で主病巣を切除しなくても、こちらの治療のみでも治せる可能性を感じたことです。この後手術を忌避した患者が二名続き、いずれもこちらの治療のみで経過良くしておりますので、ガン治療に対する考えが多少変わりつつあります。ただしあくまでも少数の経験にすぎませんし、手術で主病巣を切除すれば数兆個か数億個のガン細胞を減らせることは確実ですから、現段階ではやはり手術は勧めております。内視鏡手術など全体の方向として手術が縮小傾向にあることは大変好ましいことと考えております。
次にこの患者から学んだことは、あまりに経過が良いものですから、治癒へのきっかけを含めある程度当院の治療による効果はあったと考えられるものの、それ以外の要因があるのではないかと考え、背景として生活歴をいろいろと聞いてみました。
その結果戦時中、戦後から現代に至るまで、非常に多くの徳行を行ってきた人であることがわかりました。唐代に著された《千金要方》の中の医師への訓戒を述べた編にみられる「人は陽徳を行えば、人がこれに報い、人は陰徳を行えば、鬼神がこれに報いる」という言葉がこの人に当てはまるのではないかと思い至りました。まさに鬼神というか、天というか、神というかわかりませんが、何かしら人智の及ばない力がこの人の回復に寄与しているとしか考えられないのではないでしょうか。もちろんガンになった直接的なきっかけは飲食の不摂生など種々問題があったわけですが、こちらの意見を尊重し改めることでクリヤーしました。
この患者さんの診察以後、治療における心神の関わりに興味が深まり、現在では医療者サイドは仁の心(自分を愛するごとくに相手を思いやる心)を持ち、患者さん達には陰徳を積むことを勧めるようにしております。たんに神仏に頼るのではなく、積極的に積善の努力をし生きる力を援助してもらうという考えもよいのではないでしょうか。 |
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| 胃ガンに対応するツボ:軟膏を塗布する場所 |
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足三里
むこうずねの外側で、膝下へ親指3本分 |
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内庭
足の人差し指と中指の股のところ |
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内関
腕の手のひら側で、手首のしわの中央から上へ指3本分 |
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外関
内関と反対の処 |
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中渚
こぶしを握ったときに出る手の甲の薬指と小指のけんの間のへこみの中央 |
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