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手術後も転移がある厳しい状況
Kさんは五十六歳の男佐です。一九九四年暮れごろより食事のとき、なんとなく塩からいものがしみるような感じがしており、翌九五年の春ごろよりは食道で固形物がひっかかるような感じがしましたが、気のせいだろう と放置していました。ところが六月にはいよいよ物が飲み込みにくくなり、九月になるとほとんど閉塞状態となってしまいました。あわてて某大学病院を受診し、検査の結果食道ガンであることを告げられ、すぐに手術をすすめられました。
十月中旬に食道全滴手術と胃を食道のあった場所まで吊りあげ、上方の断端を縫合する手術をおこないました。この際、上方の断端部にあきらかなガンの取り残しがあったと手術後にいわれたそうです。手術後の一九九六年一月と三月の二回、抗ガン剤による化学療法をおこないました。さらに十一月になって、あらたに両側頚部にみつかったリンパ節三方所の切除もおこないました。
現在、胸骨上部の皮膚ヘガン細胞の浸潤があるほか、気管のかたわらのリンパ節および腹中のへそのあたりのリンパ節にも転移が確認されており、これらの部位に対して一九九七年一月より放射線治療をおこないました。
このように厳しい状況(皮膚への痩潤は肺や肝臓などへの遠隔転移と同じ状況とみなされる。つまりステージWというもっとも悪い状態)のもとに、Kさんは同室の入院患者が化学療法を忌避して退院したこと、その患者が漢方薬を飲んでいたことを知って、放射線治療のはじまる前の一九九六年暮れに当クリニックを受診しました。
現在も入院中であり、外出する形でほぼ二週間ごとに当クリニックを受診していますが、予定どおり一九九七年一月より放射線照射がはじまり、それに伴い倦怠感と疲労感を強く訴えるようになってきました。しかし気力は旺盛であり、食事も病院食はのどを通りにくいとのことで、約半分摂取し、あとは毎分の好みのものを食べるという状況だそうです。
当クリニックの治療は初診日より投薬とともに、従来まったく意識せずに摂っていた冷飲食の禁止、水分の飲み過ぎの禁止、大きな樹木のそばでの深呼吸、うまく気晴らしをするなどの基本的な養生の仕方を説明し守ってもらうようにしました。
標治法六対本治法四で治療開始
診断(辨証)は中国医学的な手法にのっとっておこないました。気・血・津液の全般的な不足とともに、飲食の不摂生による著しい病的な水分の滞りがあり、この湿邪のために気血の流れにも滞りがみられました。とくに特徴的な所見として、あおむけで腹部を診察する腹診のとき、上腹部やへその上下が非常に硬く、それでいてあまり痛みを訴えないという、気の流れが滞っているにもかかわらず、それに鈍感でまったく気づいていなかったと考えられる状態でした。
診断に基づき投薬をおこないましたが、ガン治療の基本原則である気・血・津液の流れの滞りの原因である湿邪をのぞくことと、また、気の流れは精神的ストレスで滞るので、それもあわせて改善するための生薬(いわゆる標治法)と、気・血・津液の不足を補い脾胃や肺の機能を高める目的の生薬(本治法)の割合を六対四ぐらいからはじめることにしました。
植物性の抗ガン効果のある生薬を含んだ十二種類の生薬(一日分の総量一六二グラム)の煎じ薬と、上部消化器ガンに著効のある天龍炭の粉末三グラムの内服、それに 駆瘤膏W を左足三里(食道ガンに対応するツ ボ)と両中渚(リンパ節転移に対応するツボ)と両内関(静脈系転移に対応するツボ)へ一日数回塗布する療法を併用しました。(各ツボは下図参照)
以後、放射線の照射による粘膜や皮膚のやけどのために起こった飲み込むときの灼熱感と、食道および気管の粘膜の乾燥に対しては、麦門冬、天門冬などの滋陰薬を適宜加えたりしています。標治薬の減量に伴い相対的に 本治薬を増加する方向で、大便の状態や食欲などそのつどの自覚症状の変化に細かく対応しながら、ほぼ二週間ごとに処方を変更して経過を観察しています。
気・血・津液の量をふやしたいガン
食道ガンは予後が悪いガンとして知られています。食道が粘膜と筋肉層でできており、周囲にガンの広がりをはばむ骨などの組織がないためすみやかに進展すること、しかも食道がある縦隔には大動脈、大静脈、気管、神経など重要な組織器官が多く、これらに浸潤していくことは、即生命に影響する可能性が高いためです。
また初期の嚥下時のしみる感じや軽い痛みは見過ごしやすく、かなり進展したガンに食物がひっかかり嚥下困難になってから医者に駆けつける人が多いのです。そのため、どうしても進行ガンが多くなってしまい予後をますます悪くしています。
中国医学の最古の書物である『黄帝内経』の「素問」に「飲食下らず、膈噎通らず、食すればすなわち吐く」との記載があることからもわかるように、数千年前の古代から特色ある疾患として認識されていたようです。
食道は経絡からいえば胃経に属しますが、臓腑主体に考えれば、それ以外に肝、脾、腎との関連性が強いといわれています。とくに肝との関連を重視すれば、ストレスなどの精神的背景による気の流れの滞りの影響が現れやすい臓器ともいえます。そして刺激性の食品を習慣的に飲食することや喫煙などにより、食道粘膜への慢性的な刺激がいっそう加わって、発ガンヘの大きな素因となっています。
とくに初期の患者の場合は、発病の直接的な要因として気の流れの滞りが大きな意味をもっており、それをうまく発散することが重要な予防法となります。
中期くらいまでは気の滞り以外に血や津液の滞りも絡んだタイプの患者が多いのですが、末期になると体力の低下が著しく、気・血・津液の欠乏に対する処置が重要となる患者の割合が多くなります。
つまり中期以降に発見される患者が多いということは、どちらかというと治療を考えるうえで、気・血・津液を補うことを重点的におこなう必要があるということです。気・血・津液の流れをよくする標治法と、量の不足を補うための本治法を適当に組みあわせて治療するという根本的な方針に変わりはないにしても、当初より本治法のための薬の割合を比較的多めに設定する必要があるということになります。したがってやみくもに手術をしたり、放射線や化学療法などの、病邪をのぞくことを主目的とする治療(一種の標治法)をおこなうと、急速に体力を消耗し立ち直れない場合もあるということを認識しておく必要があります。
この観点からすれば、手術前のなるべく早い時期から適切な漢方薬を服用して、気・血・津液を少しでもふやしておきたいガンということがいえます。 |
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| 食道ガンに対応するツボ:軟膏を塗布する場所 |
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足三里
むこうずねの外側で、膝下へ親指3本分 |
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内関
腕の手のひら側で、手首のしわの中央から上へ指3本分 |
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中渚
こぶしを握ったときに出る手の甲の薬指と小指のけんの間のへこみの中央 |
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